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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)110号 判決 1993年12月01日

ドイツ連邦共和国

ザンクト・ゲオルゲン、カルル・マイエル・ストラーセ、1

原告

パプストーモトーレン ゲーエムベーハー ウントコー カーゲー

代表者

ゲオルグ・パプスト

訴訟代理人弁理士

加藤朝道

訴訟復代理人弁理士

内田潔人

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

本多弘徳

下道晶久

奥村寿一

涌井幸一

主文

特許庁が、昭和59年審判第3541号事件について、昭和63年12月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1975年7月24日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和51年7月23日、名称を「円板形ロータを有するモータ」(後に「ブラシレス直流モータ」と補正)とする発明につき、特許出願をした(昭和51年特許願第87385号)が、昭和58年11月8日に拒絶査定を受けたので、昭和59年3月5日、これに対し不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を、昭和59年審判第3541号事件として審理したうえ、昭和63年12月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成元年1月28日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

別添審決書写し記載のとおりである。

3  審決の理由

別添審決書写し記載のとおり、審決は、本願発明の優先権主張日前にわが国において頒布された刊行物である特開昭48-33306号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明1」という。)及び特開昭48-64409号公報(以下「引用例2」といい、そこに記載された発明を「引用例発明2」という。)を引用し、本願発明は、引用例発明1、2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1、2に記載された技術事項の認定は認める。本願発明と引用例発明1との一致点の認定については、被告の後記釈明を前提として、あえて争わない。

しかしながら、審決は、本願発明と引用例発明1との相違点の判断を誤り(取消事由1)、本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由2)結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(相違点判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点について、「引用例2には、ブラシレスモータにおいて、ステータ巻線のコイルの数をロータの磁極数よりもかなり少ない数としてステータ巻線を単層コイルとして形成したものが開示されているので、本願発明におけるステータ巻線を単層コイルとして形成した点は上記引用例2の記載から当業者が容易に推考できたものと認められ、そして、本願発明では、各巻線群内において互に逆の極性を生ずる2個のコイルを180゜電気角より大きい(2n+1)×180°電気角となるように配設しているが、その点は上記したようにコイルの数をロータの磁極数より少なくしたことにともない当業者が当然にとるべき設計的事項と認められる」と判断した(審決書6頁11行~7頁4行)が、誤りである。

引用例2には、本願発明と同じ4パルスモータで、ステータ巻線を1層に配設したものが記載されているが、このモータにあっては、各パルス電流の印加によって、順次回転方向に個別に励磁される4個のコイルが特に群を形成することなく配設されており、互いに逆極性を生ずる「コイルの対」の概念は全く存在しない。すなわち、コイル数を少なくして単に構成を簡単にしただけで、漏洩磁束も大きく滑らかな回転が得られないという、正にコイル数を減少させれば性能も劣悪になるという典型例のものが記載されているにすぎない。

そして、本願発明と引用例発明1とは、審決が相違点として認定しているとおり、「本願発明では、ステータ巻線が単層コイルとして形成され、各巻線群内においては、互い逆の極性を有する2個のコイルは、nを小さな正の整数として約(2n+1)×180°電気角となるように配設されているのに対し、引用例1のものでは、ステータ巻線が2層コイルとして形成され、各巻線群内においては、互に逆の極性を有するコイルは180°電気角となるよう配設されている点で相違が認められる」(審決書5頁18行~6頁6行)のであり、また、上記のとおり、引用例発明2は、パルス電流に対応して順次励磁される互いに独立したコイルを配設したにすぎない点で、本願発明及び引用例発明1、2の各モータはその構成及び回転原理を全く異にするのである。

したがって、単純に引用例2にあるようにステータコイルの数を減少し、これと引用例発明1を合わせたところで、本願発明の構成のように一群内の互いに逆の極性を有する一対のコイルを180°電気角より大きい(2n+1)×180°電気角となるよう配設するという思想が生ずるはずはない。

審決は、これらのモータにおけるステータコイルの構成が全く異なった技術思想に基づくことに技術的理解を欠いた結果、単にコイルの数を減少させたとの表面的な現象をとらえて、上記のとおり、相違点につき誤った判断をしたものである。

2  取消事由2(本願発明の顕著な作用効果の看過)

審決は、「本願発明の全体構成からえられる効果は、上記引用例1および2に記載された各構成から予測できる範囲をこえるものとも認めることができない。」と判断したが、誤りである。

本願発明は、一つの群をなす一対の2個のコイルを、互いに巻線方向を異にして逆極性を生ずるものとし、回転軸に対し、180°電気角より大きい(2n+1)×180°電気角となるよう配設位置に配することによって、一対の回転力(偶力)を与えるとともに、その磁束はロータ鉄心を経由して互いに対となるコイルを貫流して一つの閉じた磁気回路を形成し、これによって均一な回転と低漏洩磁束を達成することができる効果を有する。すなわち、本願発明は、引用例発明1のような従来技術が持つ漏洩磁束が少なく、回転ムラがないという作用効果を保持しつつ、ステータ巻線の数を少なくし、しかもこれを単層に配した点で簡単な構造で小型化を図り、設計の自由度を高めることができ、しかも安価であるという顕著な作用効果を奏するものである。

被告は、均一な回転力についても引用例1記載のモータの方が優れており、性能については、構造を簡単、小型にすれば悪くなることはあっても、良くはならないことを知ることができると主張するが、この主張が誤っていることは、フリッツ・シュミッダー作成の宣言書(甲第12号証の1)に示された逆起電力の測定結果の比較から明らかであり、被告の主張するような当業者の常識を覆す点に本願発明の進歩性があるのである。

第4  被告の主張の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

審決が、本願発明と引用例発明1とは、「上記各巻線群内においては、互に逆の極性を有する2個のコイルは、180°の奇数倍電気角となるよう配設される・・・点で一致し」(審決書5頁14~17行)と述べたのは、右2個のコイルが180°電気角となる場合に、両者が一致することを述べた趣旨ではない。このことは、審決の相違点の認定及び判断の部分、特に、「本願発明では、各巻線群内において互に逆の極性を生ずる2個のコイルを180°電気角より大きい(2n+1)×180°電気角となるよう配設している」(同6頁18行~7頁1行)と述べていることから、明らかである。

1  取消事由1について

引用例発明1、2のものは、ロータを永久磁石、ステータをコイルとするブラシレス直流モータであって、共に同一技術分野に属するものであり、たとえコイルの数、コイル配置の定め方の原理が異なっていても、この程度のことは、この種モータの駆動手段としては設計的事項の範囲にあるものといえる。

したがって、引用例2に記載されているように、コイルの数をロータの磁極数よりもかなり少なくした技術的思想が明白であれば、このような技術的思想を引用例1記載のものに適用することは容易であり、また、各巻線群内において互いに逆の極性を生ずる2個のコイルを180°電気角より大きい位置に配置することは、引用例発明1において各層の8個のコイルの中に上記式に相当する互いに逆極性のコイルが存在しているから、引用例2記載のものによってコイルの数をロータの磁極数より少なくし、この少なくしたコイル相互の配置を上記引用例1に示されるコイルの配置のうち適宜のものとすることは、当業者の当然にとるべき設計事項であるということができる。

すなわち、引用例1の8コイル・4パルスモータに引用例2の単層コイル化の考えを採用するには、当然に、1層8コイルを維持して、その代わりに2パルスとする方策と1層8コイルをいくつか減らして、その代わりに4パルスを維持する方策がとられる。そして、後者を選べば、あるコイルの隣には別の層に属するコイルが配設されることになるが、両コイルは互いに接触する位置のものであってはならないから、270°電気角の位置に配設しなければならず、このようにして、モータを作っていくと、得られるモータは、本願発明と同じ構成のものとなるのである。

したがって、この点は、コイルの数をロータの磁極数より少なくしたことに伴い当業者が当然にとるべき設計事項と認められ、審決の判断に誤りはない。

2  同2について

原告は、本願発明の顕著な作用効果を主張するが、上記のとおり、本願発明は、引用例発明1の構成を引用例発明2の技術思想によって簡単にしたものにすぎず、これによる効果も引用例発明1が有する漏洩磁束を軽減し、均一な回転力が得られる効果と、引用例発明2が有するモータ構造の簡単化、小型化の効果そのものであり、また、これらの効果以上の顕著な作用効果を示唆するものでもない。

すなわち、漏洩磁束の軽減については、本願発明と引用例発明1とは同程度であり、均一な回転力については、引用例発明1のモータの方が本願発明のモータよりも良いものであり、性能については構造を簡単、小型にすれば悪くなることはあっても良くはならないことを知ることができるから、本願発明の構造にしても、性能上これによる特有の効果があるとすることはできないし、小型化、構造の簡単化、設計の自由度等の効果は、引用例発明2の効果そのものである。

したがって、本願発明の全体構成から得られる効果は、引用例1、2に記載された各構成から予測できる範囲を越えるものではないとする審決の判断は相当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立(甲第2号証については、原本の存在及び成立)については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1について

審決が、本願発明と引用例発明1との相違点について、「本願発明において、ステータ巻線を単層コイルとして形成できるのは、各巻線群におけるコイルの数をロータの磁極数よりもかなり少ない数としていることによるものであるが、上記引用例2には、ブラシレスモータにおいて、ステータ巻線のコイルの数をロータの磁極数よりもかなり少ない数としてステータ巻線を単層コイルとして形成したものが開示されているので、本願発明におけるステータ巻線を単層コイルとして形成した点は上記引用例2の記載から当業者が容易に推考できたものと認められ、そして、本願発明では、各巻線群内において互に逆の極性を生ずる2個のコイルを180°電気角より大きい(2n+1)×180°電気角となるよう配設しているが、その点は上記したようにコイルの数をロータの磁極数より少なくしたことにともない当業者が当然にとるべき設計的事項と認められる。」(審決書6頁7行~7頁4行)と判断したことは、当事者間に争いがない。

そして、審決がこの判断の前提として、本願発明は、結局のところ、引用例1のモータにおいては2層に形成されている各巻線群を単層とするために、引用例1のモータの一つの層において180°電気角の位置に隙間なく配設されたコイルの幾つか(少なくとも180°電気角と360°電気角に配設されていたもの、すなわち特定のコイルからみて少なくとも隣とその隣の2個)を省略し、その省略されたスペースに、一つの層の省略部位に対応する位置から90°電気角だけ変位して他の層に配設されていた互いに逆の極性を有する少なくとも1組のコイルを引き上げて配設するという構成としたものであり、このような本願発明の構成を採用することは、引用例発明2によって動機付けられるし、その際、互いに逆の極性を生ずる2個のコイルを180°電気角の奇数倍の位置に配設しなければならないことは引用例1に示されているほか、モータの連続的回転を得るために常識的な技術事項である以上、引用例発明1、2から本願発明の構成のようにすることは、当業者にとって単なる設計事項の範囲に止まるとの理解に立っていることは、上記審決の説示と被告の主張から明らかである。

ところで、引用例2には、「・・・ブラシレス直流モータにおいて、上記コイルの数をロータの永久磁石の磁極数よりもかなり少ないものとしてステータ巻線を単層コイルとして形成したものが記載されている。」(審決書4頁9~19行)ことは当事者間に争いがなく、甲第4号証によれば、引用例2の無接点直流モータの駆動メカニズムについて、「ロータ磁石11、12は相対向するπ/4毎の永久磁石が異極になるようにプツシユ45により固定され、磁束の方向が回転軸31と平行な磁気構造を有するロータを形成している。32、33は中心角π/4に巻かれ、ホール素子34によつて制御される駆動コイルである。」(同号証3頁左上欄2~6行)、「ホール素子34に発生するホール電圧は駆動トランジスタ52の入力信号を正として、駆動コイル32に電力を印加する。駆動コイル32の辺36、37には予め決められた矢印40、41の向きに電流が流れる。辺36に流れる電流とロータ磁石20と28、辺37に流れる電流とロータ磁石13と21が電磁気の法則により作用し合つて予め決められた回転方向にロータが回転を開始する。およそπ/8ロータが回転するとホール素子34にはロータ磁石14と22による磁界が加わる。駆動トランジスタ52の入力信号は負とし、駆動トランジスタ53の入力信号は正として、駆動コイル33に電力を印加する。駆動コイル33の辺38、39には予め決められた矢印42、43の向きに電流が流れる。辺38に流れる電流とロータ磁石15と23、辺39に流れる電流とロータ磁石16と24が作用し合つてロータの回転はさらに持続する。およそπ/4ロータが回転すると駆動トランジスタ52の入力信号は再び正とし、駆動トランジスタ53の入力信号は負とする。以下は前記と同様の動作を繰り返すことによりロータの回転は予め決められた設定方向に維持される。」(同3頁右上欄14行~左下欄13行)との記載があることが認められ、これと実施例の構造を示す図面第7図(同5頁)によれば、引用例2のモータは、ロータ磁石の回転に伴って、その磁束を感知したホール素子と駆動トランジスタの働きにより、それぞれ独立した駆動コイルを次々と印加することにより、ロータの回転を予め決められた設定方向に持続する方式のものであり、ステータ巻線が単層コイルとして形成される点では本願発明と同様の構成を有するものの、単層コイルが二つの巻線群を形成し、各巻線群内の巻線が電気的に相互に接続され、巻線群のそれぞれが少なくとも2個のコイルを有すること、該2個のコイルが磁気的に逆の極性を有すること、そして、各巻線群内において互いに逆の極性を有する該2個のコイルが少なくとも540°電気角となるように配設されていることという本願発明の特徴的な構成を備えていないことは明らかである。

そうすると、引用例2には、ブラシレスモータにおいて、ステータ巻線のコイルの数をロータの磁極数よりもかなり少ない数としてステータ巻線を単層コイルとして形成したものが開示されているとしても、本願発明のロータの回転メカニズムとは全く異なるメカニズムに立脚しているものというほかはなく、その作用効果も、「著しく偏平な形状を可能とした」、「モータの構造を著しく簡潔にして、組立工数の大巾な減少をもたらした」(甲第4号証2頁右上欄3~16行)等というものであって、後記認定の本願発明の作用効果と異なることが明らかである。

そして、甲第3号証によれば、引用例1の実施例においては、8極の極磁石からなるロータに対し、各層にそれぞれ8個、合計16個のコイルを配設したものが記載されており、その「下方面のコイル(60)は二層コイルの上方面のコイル(60)に対して90°だけ電気的に変位していて、第2図に示されている。」(同号証4頁左上欄7~9行)、「もし単一コイルを交互に励磁することによつてステーター(55)内に回転磁場が発生すると、磁性リング(44)はこの回転磁場と共に回転する。本発明による多数の極によつて、低回転が生じ例えば減速装置を必要とせずに直接駆動されるターンテーブルとを生じ、一定の回転速度と極の数によつて対応した高周波を利用することも出来るという利点も生じる。」(同4頁右下欄20行~5頁左上欄7行)及び「本発明の目的はこの種のモーターを改良することである。更に非常に静かな運転、低回転で一様のトルクを発生すること、有利な組立てと調整とを達成することである」(同2頁左上欄13~16行)との各記載によれば、引用例1のモーターにおいては、ローターに多数の極磁石を備えるとともに、上記の発明の目的を達成するために、ローターの磁極数に比較して、コイル数をも多くすることが望ましいとする技術思想が開示ないし示唆されているものと認められ、少なくとも、そのコイル数を本願発明のようにロータ磁極数よりも少なくするという発想が存在しないことは、疑う余地がない。

これに対し、甲第2号証によって認められる本願明細書には、本願発明の解決しようとする課題と作用効果につき、以下の記載があることが認められる。すなわち、

「この従来例のブラシレス直流モータにおいては、コイル57~60に夫々順次、且つ単独に1個づつの電流パルスが加えられる。この電流は夫々磁束を発生し、磁極との間に回転力を発生させるものであるが、同時にこの磁束は、コイル自体を貫流する閉じた磁束を形成するため、回転軸39を通り或は他の空隙を通り、結果としてはモータ内で或はモータ周辺で悪影響を及ぼす(漏洩磁束等)磁束として働くこととなる。

この漏洩磁束はロータ、磁束検出手段76、77、回転検出用タコジェネレータ34のコイル42、或は駆動される機器の夫々に雑音となる磁束を与えることとなる。

このことは正確な回転数や低雑音が要求される用途においては、例えば磁束検出手段とステータコイルをできるだけ離したり、或は回転数検出コイルに遮蔽を設けるなどの、漏洩磁束を回避する手段を必要とさせることとなり、小型軽量化等の要請に一定の限界が生じることとなる。

又、コイルと磁極の間で得られるロータの回転力は、その瞬間パルス電流が通じているコイル1個によってのみ与えられるものであるから、ロータ軸に関して加えられる力が非対称となり、スムーズな回転や一様な回転が得られなかったりすることともなる。

本発明の目的は、従来のブラシレス直流モータが有する小型軽量の利点を損うことなく、漏洩磁束を低減し、より正確な回転数制御及び低雑音化を可能とすること、並びにロータの一様でスムーズな回転を得ることにより、これら従来のブラシレス直流モータの欠点を改善することである。」(同号証明細書6頁11行~8頁1行)

「各コイルを単層コイルとすることで小型、偏平化が可能となる。ステータ巻線を2巻線群にわけることで従来例同様必要な電流パルスを空間的、時間的に各巻線群に順次与えることができる。1群の中に少くとも互に逆極性の磁束を発生する2個のコイルを含むことにより、該2個のコイルに発生した磁束が、過不足なく該2個のコイルを貫流する閉回路を構成するため、これにより漏洩磁束が減少する。

逆極性を有するコイルの距離を、軸に関して約(2n+1)×180°電気角とし、nを適当に選択することにより回転力を発生させるコイルを常に2個以上とすることができる。nを適当に選択し同時に回転力を生ずるコイル相互を軸に関してできるだけ対称に配置して、回転力の平均化を図ることができる。又、nの値を適当に選択することにより、ステータに配置する磁束検出手段等を含む基板の配置に関して自由度を与えることができる。」(同9頁5行~10頁3行)

以上の記載によれば、本願発明の目的は、従来のブラシレス直流モータが有する小型軽量の利点を損なうことなく、漏洩磁束を低減することによって基板の配置に自由度を持たせ、より小型化を図るとともに、より正確な回転制御及び低雑音化を可能とし、かつロータの一様でスムースな回転を図るという技術課題を達成するため、従来2層に配置されていたステータ巻線を一層に配し、審決が引用例発明1との相違点として把握した本願発明の特徴とするところの構成を採用することにより、これを可能としたものであると認められる。

そして、本願発明は、上記記載と特許請求の範囲第1項の記載からすると、前示式のnの値を小さな正の整数として適当に選択することにより、常に回転力を発生させるコイルを2個以上とし、コイル相互を軸にできるだけ対称に配置して回転力の平均化を図ることができればよく、そのためには、一定の電気角に配設された少なくとも2群各2個のコイルを備えることで構成要件を充足するから、ロータ磁極数に比較して、かなり少ない数のコイル数の構成を採用するという発想ないし技術思想に基づくものであるということができる。

そうすると、本願発明と引用例発明1の技術思想とは、その技術思想において相反するところがあるといわなければならないから、これに、回転機構が全く異なり、作用効果をも異にする引用例発明2の構成を併せて、引用例発明1の2層に配設されたステータ巻線を単層に配設し、もって、本願発明の構成に至ることが当業者にとって容易であるとは、直ちにいうことはできない。

乙第1、第2号証によれば、ステータ巻線を1層コイルに形成して、そのコイル数を永久磁石からなるロータ磁極数より少なくし、ロータが回転するようにコイルの配設角を決めてロータとコイルとを対向させた偏平なブラシレス直流モータは、本願出願前よく知られていたことは認められるが、このことを参酌しても、上記判断を覆すに足らない。

2  以上のとおり、原告主張の取消事由1に係る審決の判断は誤りであり、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、取消事由2につき判断するまでもなく、審決は取消を免れない。

よって、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 木本洋子)

昭和59年審判第3541号

審決

ドイツ連邦共和国、7742 エステー・ゲオルゲン/シュバルツバルト、カールーマイヤー-シュトラーセ 1

請求人 パプストーモトーレン・コマンデイト・ゲゼルシヤフト

東京都港区西新橋1丁目12番8号 西新橋中ビル5階

代理人弁理士 加藤朝道

昭和51年特許願第87385号「ブラシレス直流モータ」拒絶査定に対する審判事件(昭和52年3月9日出願公開、特開昭52-31306)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和51年7月23日(優先権主張、1975年7月24日、ドイツ連邦共和国)であつて、その発明の要旨は、昭和63年7月12日付け手続補正書によつて補正された全文明細書と図面の記載からみて特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「1)多数の磁極対を有する永久磁石を備えた円板状ロータ(20)と、多相巻線(122;S1-S4)を構成するように接続された空心のコイル(57、58、120、121)から成るステータ巻線を具備するステータと、前記円板状ロータが360°電気角回転する毎に少なくとも4つの電流パルスを受け、該円板状ロータ(20)を回転せしめる回転磁界を運転甲に発生させるために、上記多相巻線において電流を制御するためのロータ回転位置検出機構(76、77)と、を有するブラシレス直流モータにおいて、

ステータ巻線が単層コイルとして形成され、上記単層コイルは2つの巻線群を形成すること、上記各巻線群内の巻線は電気的に相互に接続されること、各巻線群の夫々は少くとも2個のコイルを有し、該2個のコイル相互は磁気的に逆の極性を有すること、上記各巻線群内においては、互に逆の極性を有する2個のコイルは、nを小さな正の整数として約(2n+1)×180°電気角となるように配設されること

を特徴とするブラシレス直流モータ。」

これに対して、当審において昭和62年12月10日付けで通知した拒絶理由に引用した特開昭48-33306号公報(以下、引用例1という)には、多数の磁極対を有する永久磁石を備えた円板状ロータ(54)と、2相巻線を構成するように接続された空心のコイル(60)からなるステータ巻線を具備するステータと、上記円板状ロータが360°電気角回転するごとに4つの電流パルスを受け、上記円板状ロータを回転せしめる回転磁界を運転中に発生させるために、上記2相巻線において電流を制御するためのロータ回転位置検出機構(79)とを有するブラシレス直流モータにおいて、ステータ巻線が2層コイルとして形成され、上記2層コイルは各相ごとの2つの巻線群を形成すること、上記各巻線群内の巻線は電気的に相互に接続されること、上記各巻線群内のコイルは交互に磁気的に逆の極性を有し、互に逆の極性を有するコイルは180°電気角となるよう配設されることからなるブラシレス直流モータが記載されている。

同じく、特開昭48-64409号公報(以下、引用例2という)には、多数の磁極対を有する永久磁石(11、12)を備えた円板状ロータと、多相巻線を構成する空心コイル(32、33、54、55)からなるステータ巻線を具備するステータと、上記ステータ巻線の電流を制御するためのロータ回転位置検出装置(34、56)とを有するブラシレス直流モータにおいて、上記コイルの数をロータの永久磁石の磁極数よりもかなり少ないものとしてステータ巻線を単層コイルとして形成したものが記載されている。

そこで、本願発明と、上記引用例1に記載されたものとを比較すると、両者は、多数の磁極対を有する永久磁石を備えた円板状ロータと、多相巻線を構成するように接続された空心のコイルからなるステータ巻線を具備するステータと、上記円板状ロータが360°電気角回転するごとに4つの電流パルスを受け、上記円板状ロータを回転産せしめる回転磁界を運転中に発生させるために、上記多相巻線において電流を制御するためのロータ回転位置検出機構とを有するブラシレス直流モータにおいて、ステータ巻線が2つの巻線群を形成すること、上記各巻線群内の巻線は電気的に相互に接続されること、各巻線群の夫々は少くとも2個のコイルを有し、コイル相互は磁気的に逆の極性を有すること、上記各巻線群内においては、互に逆の極性を有する2個のコイルは、180°の奇数倍電気角となるよう配設されることからなるブラシレス直流モータである点で一致し、そして、本願発明では、ステータ巻線が単層コイルとして形成され、各巻線群内においては、互に逆の極性を有する2個のコイルは、nを小さな正の整数として約(2n+1)×180°電気角となるように配設されているのに対し、引用例1のものでは、ステータ巻線が2層コイルとして形成され、各巻線群内においては、互に逆の極性を有するコイルは180°電気角となるよう配設されている点で相違が認められる。

次に、上記相違点について検討すると、本願発明において、ステータ巻線を単層コイルとして形成できるのは、各巻線群におけるコイルの数をロータの磁極数よりもかなり少ない数としていることによるものであるが、上記引用例2には、ブラシレスモータにおいて、ステータ巻線のコイルの数をロータの磁極数よりもかなり少ない数としてステータ巻線を単層コイルとして形成したものが開示されているので、本願発明におけるステータ巻線を単層コイルとして形成じた点は上記引用例2の記載から当業者が容易に推考できたものと認められ、そして、本願発明では、各巻線群内において互に逆の極性を生ずる2個のコイルを180°電気角より大きい(2n+1)×180°電気角となるよう配設しているが、その点は上記したようにコイルの数をロータの磁極数より少なくしたことにともない当業者が当然にとるべき設計的事項と認められる。

そして、本願発明の全体構成からえられる効果は、上記引用例1および2に記載された各構成から予測できる範囲をこえるものとも認めることができない。

なお、請求人は、本願発明のブラシレスモータは、コイル対により正逆の磁束を同時に発生させているので漏洩磁束が軽減でき、また、均一な回転力がえられる効果があると主張しているが、そのような効果は、上記引用例1のものにおいてすでに達成されており、本願発明特有のものとはいえない。

以上のとおりであるので、本願発明は、上記引用例1および2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

昭和63年12月15日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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